第3章
喫茶店の窓の外でうろついている大輝の姿を無視しようとしながら、私はエプロンの紐を結んだ。あそこに立ってもう二十分になる。まるで捨てられた子犬のような顔をして。
「話、しないの?」レジの引き出しを整理しながら、紗良が尋ねてきた。
「関わりたくないわ」
しかし、大輝に帰る気はまったくないようだった。ついに彼はドアを押して入ってきた。カラン、とベルが彼の来店を告げる。
「母さん」
「大輝」。私は顔も上げずにカウンターを拭き続けた。「何かご注文は?」
「あの……」彼は心底驚いたようだった。まさか私が他の客と同じように接するとは思っていなかったらしい。「話せないかな?」
「仕事中よ」
「お願いだ。五分だけでいいから」
『その「お願い」という言い方が、五歳でアイスをねだった頃のあの子を思い出させた。でも、あの子はもう三十二歳だ。「お願い」で解決できないことだってあるのだ』
紗良が励ますように頷いてくれた。「休憩、取りなよ、絵梨」
私はエプロンの紐をほどき、大輝を隅のテーブルへと促した。誰も座りたがらない、脚のがたつくテーブルだ。
「なんだか……」と彼が口火を切った。
「変わった?」
「疲れてる。それに、痩せた。ちゃんと食べてるのか?」
『あの子の要求と不満から解放されてたった三日。それで疲れて見えるなんて。もしかしたら、これが自由というものの姿なのかもしれない』
「平気よ、大輝。で、要件は何?」
彼は身を乗り出し、自分が魅力的だと思い込んでいる声色で言った。「なあ、母さん、この前の夜のこと、みんなちょっと過剰反応だったと思うんだ。ストレスも溜まってたし、感情的になってたし……」
「あなたは由香里を野良猫呼ばわりしたわ」
「あの絵のことで怒ってたから――」
「彼女があなたの芸術を台無しにしたって言ったじゃない」
「あれは事故だったって、今はわかってる」。彼は洗っていない髪を手でかきむしった。「問題はさ、母さんたちに帰ってきてほしいんだ」
「私たちが必要?」
「いや、望んでるっていうか。帰ってきてほしいんだ」。だが、彼の目は私と合わなかった。「家は散らかり放題だし、物はどこにあるかわからないし、父さんもまともに食事してないし……」
『やっぱり。私たちに会いたいからでも、愛しているからでもない。家が散らかっていて、誰も料理をしないからだ』
「大輝、それはもう私たちの問題じゃないわ」
「よしてくれよ、母さん。別居なんて本気じゃないだろ。父さんが言ってたぞ、母さんは大げさに騒いでるだけだって」
頭に血が上った。「あの人が、そんなことを?」
「週末までには戻ってくるって。母さんはいつも戻ってくるからって」
「いつも戻ってくる? 私がいつ家を出たっていうの?」
大輝は気まずそうに身じろぎした。「いや、ほら……母さんが色々腹を立てた時とか」
「色々って、何?」
「父さんが佐藤麗香の医療費を援助した時とか、僕が創作のために一人の空間が必要な時とか……」
私は息子をじっと見つめた。「大輝、あなたはその医療費のこと、どれくらい知ってるの?」
「大して知らないよ。ただ、彼女が病気で、父さんが助けてるってだけだ。正しいことだろ」
『正しいこと。私にひと言の相談もなしに使ったお金で』
「そう。じゃあ由香里のことはどうなの? 彼女を置き去りにするのも『正しいこと』なのかしら?」
「由香里なら大丈夫だよ。あいつはタフだから」。彼はぞんざいに手を振った。「それに、画家の妻になるってことがどういうことか、彼女もわかってたはずだ」
胸の中に冷たいものがすとんと落ちた気がした。「彼女がわかっていたはずのことって、具体的に何?」
「そりゃ、僕の創作活動を支えて、家事をして、制作に集中したい時には邪魔をしないとか……そういうことだよ」
「つまり、あなたの無給の家政婦でいることね」
「そんな言い方――」
「大輝」。私は立ち上がった。「休憩は終わりよ」
その夜、コテージに戻ると、ドアのそばに花が置いてあった。白い薔薇。かつて私が一番好きだった花だ。添えられたカードにはこう書かれていた。『絵梨子へ――話し合う必要があると気づいた。この花ですべてが解決するわけではないが、話し合いのきっかけになればと思う。――哲哉』
「秘密のファン?」キッチンから顔を覗かせた由香里が尋ねた。
「哲哉から」
彼女はそばにやって来て、カードをちらりと見た。「白い薔薇。なんて……ありきたり」
『三十年前だったら、この花束に胸が高鳴っただろう。でも今は、彼がどれだけ私のことを知らないかを思い知らされるだけだった。今の私が好きなのは、色とりどりで自然な、季節の花なのに』
「どうするの?」
「何もしないわ」私はそう言って、花をカウンターに置いた。「何ひとつね」
しかしその夜、私は気づけばその薔薇を見つめ、もしかしたら大輝の言う通りなのかもしれない、と考えていた。私が大げさに騒いでいるだけなのかもしれない。三十年という歳月には、それなりの価値があるのかもしれない。
翌朝、ドアの下から手書きの手紙が差し込まれていた。
「最愛の絵梨子へ」私は由香里に読み聞かせた。「僕が君にふさわしい夫でなかったことはわかっている。君のいないこの数日間で、僕がどれだけ君の強さ、賢さ、そして優雅さに頼っていたかを思い知らされたよ」
「優雅さ?」由香里が鼻を鳴らした。「その感謝の気持ちは、過去三十年間どこにあったのかしらね」
私は続きを読む。「佐藤麗香のことで君が腹を立てているのは理解している。でも、どうか僕に説明させてほしい。彼女は健康上の問題で大変な時期を過ごしていて、古い友人として、僕は道義的に助ける義務があると感じたんだ」
「道義的に義務がある、ね」私は繰り返した。「私たちのお金で」
「まだ続きがあるわ」私は言った。「君が僕にとってどれだけ大切な存在か、普段から表現できていなかったと反省している。でも、君は僕が築き上げてきたすべての基盤なんだ。どうか家に帰ってきてほしい。一緒にこの問題を乗り越えよう。君を献身的に愛する夫、哲哉より」
『献身的に愛する夫。僕が築き上げてきたすべての基盤。綺麗な言葉だこと。でも、私が実際にそこにいた時、その言葉はどこにあったのかしら?』
「どう思う?」由香里が尋ねた。
「彼は怖がっているんだと思う」と私は言った。「それに、もしかしたら……もしかしたら本当に佐藤麗香のことを心配しているのかも。もし彼女が本当に癌なら……」
その日の午後、由香里は小さなダイニングテーブルの上に通帳の記録を広げた。
「よし」と彼女は言った。「私たちのお金がどこへ消えたのか、突き止めよう」
私たちはすでに、いくつかの不審な取引を見つけていた。
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三月十五日、佐藤麗香へ六百六十万円
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一月十日、「サトウ医療基金」へ百七十万円
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十二月五日、「サトウレイカ個人アカウント」へ百二十万円
「四ヶ月で九百五十万円よ」由香里が計算した。「全部、この佐藤麗香って人に」
「まだあるわ」私は別の明細書を指さして言った。「これを見て」
青葉総合病院、入院費へ二百二十万円。
井上整形外科クリニックへ三百四十万円。
美容外科クリニックへ二百六十五万円。
「医療費?」由香里が眉をひそめた。「彼女、病気なの?」
『もしかしたら、それで全部説明がつくのかもしれない。もし佐藤麗香が本当に病気なら、哲哉の罪悪感も理解できる。でも、なぜ彼は一度も私に話してくれなかったの? なぜこれらの支払いはすべて秘密にされていたの?』
私はスマートフォンを手に取り、青葉総合病院に電話をかけた。
「もしもし、佐藤麗香さんの医療費請求についてお電話しました」私は事務的な口調を装って言った。
「ご家族の方ですか?」
「いえ……彼女の医療費を負担している関係者です」。私たちが彼女の請求書を支払っていたのだから、厳密には嘘ではない。
「では、医事課にお繋ぎします」
数分後。「佐藤様の口座には、最近いくつかの入金が確認されております。癌治療、手術、および術後ケアですね。何かお尋ねになりたい特定の請求はございますか?」
癌。私の両手は震え始めた。
「いえ、質問はありません。ありがとうございました」
電話を切り、私は由香里を呆然と見つめた。
「どうしたの?」と彼女は尋ねた。
「彼女、癌ですって」
私たちはしばし沈黙した。この事実が、私たちの怒りを複雑なものに変えてしまった。
「じゃあ哲哉は、本当に病気の友人を助けてたってことね」由香里が静かに言った。
「かもしれないわ」。私は再び銀行の明細書を手に取った。「でも、どうしてこんなに秘密にする必要があったの? どうして私に言ってくれなかったの?」
「緊急医療支援」と記された六百六十万円の送金記録を見た時、私の心は沈んだ。佐藤麗香。もちろん、その名前は知っていた。
『明日だわ』私は決心した。『明日、すべての真実を突き止める』








